現代の剣道に対して思うこと
香川県剣道連盟会長 多田 昇
現在の社会環境については非常に悪く悪化を辿り、日本の秩序が乱れ老人幼少年等弱者が各種事故や犯罪に巻き込まれ、また青少年等が当事者となる考えられない犯罪等、悲惨な出来事が社会をにぎわせている誠に憂慮すべきであります。なぜこのように社会が乱れ不道徳な事態が巷で行われているのは悲しいことであります。戦後六十年を迎え何が良くなったのか、戦後の荒廃から立ち上がり平和な時代に推移してきたことは間違いないが、人間個人個人を考えるに自己さえ良ければと言う風潮すなわち自己本位で自己中心主義的な人間が出来上がってきたことは誰もが認めざるを得ないでなかろうか、人を敬い、人を愛する心が失っていることであります。このような状態を早く是正し明るく責任ある社会を取り戻さなければならないと思います。
そこで、哲学者、安岡正篤先生がこのように述べられております。
日本はすっかり虫に喰われ腐ってきた
人間がこれほど我儘になり
横着になり、若いものがなさけないほど自堕落なり
意気地なくなり、犯罪が信じられぬほどひどく
嘘や恥知らずが平気になっては、もはや何ともしょうがあるまい―― 云々
これは、昭和四十八年憂楽秘帖のなかで語っているのです。まさしく、その当時と現在と全く似通った社会現象と言わざるを得ません。
このように、傍若無人で品性のない無秩序な社会を作り出した誘因はなんであろうか、それは隣人愛であり無関心とモラルの低下こそメスを入れて打開、解決策を施しお互いに支えあい、人々が安心して暮らせる社会を構築こそ急務であります。そのためには、まっとうな人間を作るための教育すなわち、しつけ教育が大事であります。それには道義心のもとに人間の生命の尊厳さを損なうことなく、肝胆相照らす弾力的な社会を矯正し助け合いの精神のもとに地道にして着実に実行していくことが重要であります。とくに、しつけ教育といえば、これから21世紀を担う青少年に対し礼儀作法や辛抱強い健全な精神を養うための環境づくりを大人たちが身を入れて範を示してこそ責任ある共同社会を守るために青少年に良い影響を与え社会が変容していくことと確信するところであります。
日本古来、歴史と伝統として、また日本の文化として今日まで発展してきた剣道は、武士道精神が守られ尊重してきた多くの徳目があります。現在、日常的に軽視されているのが礼儀作法であります。剣道を修練しているものは「礼に始まって礼に終わる」この精神を厳粛に厳守し多くの徳目を修得し、倫理観を養っているのが剣道であります。 ここで、香川県剣道連盟年報第一号「剣の道」で本県剣道連盟名誉会長剣道範士九段植田一先生が剣道について「剣道の修行は理屈でなく実践である。英知優れた諸賢がそれぞれの段位・年齢に応じ、正しい剣道、美しい剣道、格調高い剣道を目指し、志を高く身を修め、一丸となって努力精進を重ねるところに益々の発展が期待できる」と述べられております。誠にこの通りでありまして、剣道は自ら志を持って高い次元を求め厳しい修練をすることによって崇高な人格が形成されると確信いたします。
このように、剣道は礼節を重視し、人格を磨き、幅広い見識を高め、さらに旺盛な気力と逞しい健全な体力のもとに技能向上を目指すことによって、情緒豊かな人間性と品格が陶冶されると言われております。さらに剣道は生涯剣道として息の長い武道であります。また男女を問わず修練ができ、しかも社会に貢献できる素晴らしい剣道であり、私ながら自負しているところであります。